もくじ
犬と並ぶ代表的なペットとして世界中で愛されている猫。
その姿はとても可愛らしく、自由奔放な性格も含めて猫を好きな人は多いのではないでしょうか。
そんな愛らしい生き物である猫が、実は仏教ではあまり歓迎されることがありませんでした。
悪いことをすると猫に生まれ変わると書かれた仏典もあるのだとか。
今回はそんな猫と仏教に関するお話をご紹介していきます。
■お釈迦様と猫
お釈迦様が亡くなる時(涅槃)の様子を描いた涅槃図というものがありますが、猫はその涅槃図にほとんど描かれていません。
なぜなのでしょうか?
これにはお釈迦様が病気になられた時の様子が関わっていました。
天界にいたお釈迦様の母、摩耶夫人はお釈迦様のために「起死回生の薬」を届けようとします。しかし大量の鳥に行く手をふさがれ、地上に降りることができませんでした。やむなく地上に薬を投げますが、木の枝に引っかかってしまいます。すぐにネズミが薬を取りにいくのですが、その時に猫が邪魔をしてきたため薬はお釈迦様に届かず、お釈迦様は亡くなってしまったと伝えられているのです。
このことから、猫は涅槃図に描かれなくなってしまいました。
ちなみにこの時薬が引っかかった木はイヌツゲという名前で、この出来事が原因で高木ではなくなったともいわれています。
さらにもうひとつ、猫が涅槃図に描かれなくなった原因が伝えられています。
お釈迦様が亡くなられた時、ネズミがそのことを他の動物たちに知らせる役目でした。ネズミは日頃から嫌っていた猫には知らせなかったため、昼寝をしていた猫はお釈迦様の涅槃に間に合わなかったのです。この物語は十二支の順番が決められた有名なお話なので、知っている方も多いかもしれませんね。
江戸時代では猫は魔性の動物とされ、とくに葬儀の場ではタブー視されていました。涅槃図は江戸時代にもよく描かれていたため、江戸時代の絵師はこのような習俗を重んじて猫だけは省いて涅槃図を描いた可能性もあります。
■猫に課せられた重大な使命
猫が涅槃図に描かれなくなった理由、なんだか少し可哀想ですよね。
猫は本当に嫌われ者だったのでしょうか。
いえいえ!そんなことはありません。
猫は日本の仏教のために、なくてはならない存在だったのです。
猫に与えられた使命、それは書物や経典をネズミから守ることでした。
昔の日本におけるネズミの被害は、生活を脅かす程のものでした。保存している食料や衣服、書物に襖など。ありとあらゆるものがネズミにかじられていました。とくに米や作物を作る農家にとってはネズミの被害は深刻な問題でした。
猫はネズミ避けのために、遣唐使と共に船に乗って日本へやってきました。
元々古代エジプトで猫は神として崇められていました。日本でも猫が有益な生き物であるとわかると、そこから神として崇め始める人も多くなったとされています。中には猫の絵が描かれたネズミ避けのお札を貼り、猫を神として手を合わせていた人もいたのだとか。
大事な仏典などをネズミから守ってくれる猫がいたからこそ、お経などが無事伝えられたことになります。
■猫=魚好きは仏教と関係していた!
猫が好きなものといえば魚。そんなイメージをもつ人は多いですよね。
ですが猫は魚好きというイメージをもっているのは、日本人だけなのです。
そこには仏教が関係していました。
猫は哺乳類の肉から摂取しなければいけない栄養素があるので、肉を食べます。主食が肉なので野生の猫はあまり魚を食べません。ネズミやトカゲ、カエルなどを食べています。魚は「もし肉が食べられない状況であれば代わりに食べる」といった程度です。(ちなみに魚なら何でも食べられる訳ではなく、白身魚以外はよくないとされています。)
なぜそんな魚が猫の好物として定着したのでしょう?
それは日本が仏教の国だからです。
日本に仏教が伝わったのは奈良飛鳥時代で、殺生を戒める教えにより狩猟が禁じられ、獣の肉を食べないようになりました。
この習慣は鎌倉時代になるとやや薄まりましたが、戦国時代になると仏教徒が増えて殺生を嫌うようになり、再び肉を食べる習慣が減りました。
しかし肉を全く食べないでいると、人間に必要な栄養が偏ってしまいます。
そこから家畜は殺してはいけないが狩りで肉を取るのは良い→哺乳類より鳥が良い→鳥よりも魚の方が良いというような考え方に変わっていき、魚なら食べても大丈夫となりました。だから日本人は昔から魚を食べていたことになります。
しかし猫は人間のように米や野菜を食べません。
猫を飼っていた人は、魚しか食べない猫を見て「猫は魚が好きなんだ」と思われるようになりました。
つまり日本に仏教が伝わることなく、昔から魚より肉を食べていれば今の私たちには猫=肉好き、というイメージの方が強くなっていたということになります。